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  身分を明らかにしたことで、スモーキーと自分の間にあった溝が埋まりクラヴィスの心は、随分と軽くなっていた。それはリュミエールとルヴァ、そしてスモーキー自身にとっても同じことで、彼らの間には、今までとはまた違った強い絆が生じていた。リュミエールは、久しぶりに竪琴で景気の良い曲を披露した。元々、口数の少ないルヴァとクラヴィスだったが、今までのように黙りこくっているのではなく、穏やかな表情でいる。そんな彼らの気持ちの余裕を、ゼンやサクルは、いち早く感じ取っており、自然と彼らもまた陽気になってくるのだった。子どもたちの陽気な笑い声は、荒んだ鉱夫たちの心にも響き、そうしていつになく平和な一日が過ぎ、日が落ちかけた頃、僅かばかりの干し肉と豆を入れた夕食のスープを配っていたルヴァが、クラヴィスの様子がどこかしらおかしいのに気づいた。
 「クラヴィス、どうかしましたか? さきほどから、何度も何か耳を澄ませるような仕草をしていますけれど?」
 「いや……何も……」
 クラヴィスはそう言うが、あきらかに何かを気にしているような口ぶりだった。
 「また例の悪夢が来そうなのか?」
 横を歩いていたスモーキーは、彼らの会話を耳にし、クラヴィスに小声で言った。クラヴィスは首を振った。
 「何か少し胸騒ぎがする……。気のせいだろう」
 「嫌な感じなのか?」
 「違う。悪い感じはしない。ただ、何か背中の辺りがザワザワとする……」
 クラヴィスは、空を見上げて言った。
 「悪い気がしないのならいいじゃないか。醒めないうちに食べて、早めにぐっすり眠るんだ」
 スモーキーはクラヴィスの肩をポンと叩いた。
 「ああ。そうする」
 だがスープを口に運んでいる間も、クラヴィスを捕らえている妙な感覚は変わらない。そして、ふと、セレスタイトの事が思い浮かんだ。一瞬、兄に何かあったのでは? と思ったクラヴィスだが、心の中の彼は、笑っている。
その笑顔に、“逢いたい……”とクラヴィスはしみじみと思った。その時、はっきりと声が聞こえた。
 
 クラヴィス−−−−
 
 “え?”
 クラヴィスは、スープの入っている器から顔を上げた。もちろんそこにセレスタイトがいるはずがない。それでも尚、彼は立ち上がり辺りを見回した。
 「クラヴィス? クラヴィス!」
 急に立ち上がった彼に、隣に座っていたルヴァが驚き、クラヴィスの上着の裾を引っ張って声をかけた。
 「あ……」
 はっと我に返りクラヴィスはルヴァを見下ろした後、ゆっくりと腰を落とした。
 「兄の声が聞こえた気がしたのだ」
 「セレスタイト様の?」
 ルヴァの隣でそう言ったリュミエールの顔が、何かあったのではと見る見る曇っていく。
 「明るい声で私を呼んだのだ。どこかに遊びに行く時、私を誘うような声で」
 それを聞くとリュミエールは、ほっとしたように目を伏せた。
 「きっとセレスタイト様が、クラヴィス様のことを強くお思いになっていたのですよ。早く戻ってまたご一緒したいとお思いになっていたに違いありません」
 「悪い予感がしないならきっとそうですよ」
 二人にそう言われてクラヴィスは頷いた。そして、暮れ始めた空に、いつものように聖地の輝きを見つけた時、クラヴィスは、もう一度セレスタイトの声を聞いた。何と言ったかまでは判らない。言葉としてではない何か。何かを伝えようとするような吐息のような。
 まさにその時、教皇庁のセレスタイトの執務室から、静かに聖地への回廊が開き、闇の守護聖とセレスタイトが聖地への道を行こうとしていたのだった。
 
 ■NEXT■
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